| |
上は、このカテゴリー内(シドニー留学カレッジ編)の各ページへのリンクです
【TAFE(テイフ)の日本人率について】
|
は↓ここからスタート! |
僕が今までで聞いてきたお話では日本人でシドニーのカレッジ/専門学校(TAFE(テイフ)へ通われる方はそれ程いないように思われます。僕が通っていたのはTAFE(テイフ)ですのでここではテイフに話しを絞って日本人率について考察してきます。
まず、結論ですが、、、。TAFE(テイフ)の日本人率、、、、、
わかりません(おいおい)。とにかくめちゃくちゃ少ないです。ほとんど見ませんでしたよ。えーっと、僕が通っていた間で知ってるのは3人(ちなみに、出会った日本人とは全員学科が違いました)。まぁ、僕の場合校舎がNorth
Sydney Institute(ノースシドニーインスティチュート)でしたので(TAFE(テイフ)の校舎について詳しくはこのカテゴリー内、「どこのカレッジへ行くか」を参照ください。)、おそらくそれも日本人率を下げる要因のひとつだと思われます。他に日本人がいたかもしれませんが僕は出会っていませんでした。で、総生徒数がどれくらいかわかりませんので日本人の割合を出すことがちょっと難しいですが、1クラスに1人もいないくらいの計算になるはずです。うれしいやら、がっかりやらですね。
因みに僕が英語学校に通っていた頃の友達がTAFE(テイフ)のアルティモ校舎(詳しくは「どこのカレッジへ行くか」を参照してね)に通っていて良く遊びに行っていました。(アルティモ校舎は、僕の英語学校の校舎でもあったし)。で、彼女のクラスにも1人、日本人がいました。まぁ、実際こんな感じです。とにかく少なくともTAFE(テイフ)に関しては、日本人はかなり少ないといっていいでしょう。
| ■TAFE(テイフ)にも日本人の集まるコースがある |
|
はい。あります。あるんです。日本人がたくさんあるコースが。いや、なんだかこのページではあたかも、「日本人がいない方がいい。」というような感じに受け止められそうな気がするのですが僕がそう思っているわけではなく、木になっている方がいるでしょうからこのページを作ったのであって、、、その辺りはご理解いただきつつ〜♪
まず結論から言えば日本人が集まりやすいコースは
・Commercial Cookery Certificate(コマーシャルクッカリー)←要は調理師の事
・HAIRDRESSING(ヘアドレッシング)←美容師の事
の2つです。
なぜこの2つかというと、上記の2コースを卒業するとオーストラリア永住権取得への道がかなり開かれる為です。オーストラリアは永住権を取得する為にポイント制を採用しています。2007年1月現在で永住権を取得する為に必要なポイントは120点。で、上記2コースのいずれかを卒業すると70ポイント取得可能なのです。で、70点を取得できればあとは、英語力や年齢等その他の要因で得点がもらえるのですが、永住権はまず取得できると考えて良いでしょう。
なので、永住権狙いでなく、上記2コースを受講される場合は日本人にあう確立が高いということを覚えて起きましょう。
| ■TAFE(テイフ)以外のビジネスカレッジの日本人率はどうか |
|
さて、TAFE(テイフ)の日本人率については一部の学課を除いてかなり低いということがお分かりいただけたと思います。それではTAFE(テイフ)以外のシドニーに存在するカレッジ/専門学校の日本人率はいかがな物でしょうか。えー、僕も詳しくはわかりませんが、僕の友達数人がビジネスカレッジへ通っていたのです。で、彼らに聞いた意見を総合すると、やはり日本人はそれ程いないように思います。因みに彼らの同じクラスに日本人は1人も存在していなかったとの事です。
ですので結論。
シドニーのカレッジ/専門学校(TAFE(テイフ))はかなり日本人が少ないと考えていいようです。
【管理人のシドニー留学体験記】
このページで僕の体験記と言っても、ほとんどは上で記述したとおりで、TAFE(テイフ)ではほとんど日本人と出会うことはありませんでした。僕の目的のひとつは英語を勉強することでしたので日本人が少ないということはとても好都合でした。必然的に現地の友達や、日本以外の留学生との交流も増えました。やっぱりいつも外国人とつるんでいるとそれだけでも英語力は増えていくものだと思いました。
英語学校に通っていたときの友人(中国人)が僕が通っていたTAFE(テイフ)と同じ校舎の別の学科に通っており、その彼のクラスに日本人女性が1人いました。授業後などにその友人や日本人等も含めお茶したりしてましたが、時々話す日本語は僕をとても癒してくれましたねぇー。
とにかく楽しい思い出ばっかりのTAFE(テイフ)の生活でした。 |
|
| |
 |
管理人コージ
30歳近くにして人生のやり直しを決意し日本を飛び出す。シドニー大学・院卒業までの道のりは決して楽ではなかった。 |
 |
このサイトの説明/管理人紹介 |
| |
|